南アフリカの刺繍ぬいぐるみ
このくまのぬいぐるみは、南アフリカの女性刺繍グループによって作られました。色とりどりの手刺繍で埋め尽くされた、贅沢なぬいぐるみです。女性たちの生み出す刺繍は想像力に溢れ、どれもとびきりおしゃれで思わず手に取りたくなる可愛らしさです。
南アフリカのこと
タウンシップと呼ばれる黒人居住区に住む女性達が、刺繍のデザインからぬいぐるみの縫製まですべて行なっています。南アフリカにはタウンシップを生み出したアパルトヘイト(人種隔離政策)という歴史がありました 。1994年にアパルトヘイトが撤廃されるにともない、それまでの白人•黒人•カラード(混血)という分類から、コイ、サン、コーサ、ズールー族などの民族別の分類が一般的になりました。職を求めて農村から都市に沢山の人々が流入し、都市の周辺には民族別のいわゆる「スラム」が形成されています。その後も、貧困や格差の問題は続いており、都心部は先進国に並ぶ発展ぶりですが 、都市の治安の悪化は続いています。
一方で、2010年度にはFIFAワールドカップが開催されたり、音楽、アート、食など多方面で南アフリカに各国の注目が集まるという動きもあります。豊かな自然、野生動物、美味しい食事とワインに綺麗なホテル、その点だけを取り上げるならばアフリカ大陸の理想郷とも言える素晴らしい所です。
刺繍グループのこれまで
このグループは、現地でクラフトショップを経営する白人女性によって組織されました。前職のアートビジネスで鍛えた審美眼を持つ彼女は、厳しい芸術市場ではなかなか感じられなかった、人との心の触れ合いや温もりのある品を南アフリカ各地で集めており、いつしかその趣味が仕事になりました。グループの女性達は専門家から刺繍を習い、ぬいぐるみの縫い方や計算などオーナーからあらゆることを学びました。このグループの特筆すべき点のひとつは、生産者の誰もがデザイナーであること。くまを彩る刺繍のデザインは女性たちが考え、自らの手で刺繍を施したものです。その独創的な刺繍はすべてが一点ものです。
しかし、その試みが初めからうまくいった訳ではありません。生活に苦しむ何の創作経験もない女性たちが、オーナーのサポートのもと才能を開花させるには時間と訓練が必要でした。オーナーの願いは、女性たちが誰かの考えたデザインを与えられるまま作るのではなく、みずからの手で美しいものを創造し、自分の力で食べていけるようになることです。クリエイティブな力を持つことは、彼女たちが価値のある商品を永続的に作れる術を得たことと同じであり、それこそがほんとうの自立であるという信念のもと、オーナーは彼女たちの隣に座り、秘められた力を引き出すことに努めました。
その努力が実り、いまオーナーは受注や布•刺繍糸の供給、そして資金管理の指導のみを行い、その他のクリエイティブな行程はすべて生産者にまかせているのだそうです。グループ創立当初は外部からの助成金を受けていましたが、今は自立し、近隣のタウンシップだけでなくジンバブエやコンゴ民主共和国からの貧しい出稼ぎ労働者も一緒にイスを並べて働いています。そうして、この美しい刺繍のくまが生まれました。
ほんとうのForward(前進)
この刺繍グループではHIVに感染した生産者も一緒に働いています。事実、南アフリカではHIV感染者が多く、いまだこの深刻な問題は解決されていません。しかし、オーナーはそのことを宣伝するようなかたちでぬいぐるみを販売したり、そのようなフィルターを通してグループや商品が評価されるのではなく、純粋に商品そのものの美しさや品質の高さに目を向けてほしいと望んでいます。オーナーはこう語っています。「この国で「かわいそうだから買ってもらう」時代は終わりました。自立し、美しいものを作って「それがきれいだから買う」が、これからのあり方です。」
グループの古参である女性は「ぬいぐるみ作りは私のすべて。始めてからすべてが変わったの。そこから得られる収入は私達に食事を、子供達に教育を授けてくれた」と語ります。女性達は、ぬいぐるみ作りによって、生活していけるだけの収入を得て、これまで何度も失ってきた自信や誇りを取り戻し、ついに自らの足で歩みだしました。
くまの他にも、刺繍のハート型クッションや、猿のぬいぐるみなど、見ているだけで笑みがこぼれる作品を生み出しています。ハートのクッションには、「心をつなぐ」ものづくりをするという思いが込められています。ほんとうの自立とは何か?その答えを私に教えてくれた思い出深いグループです。そして、これは女性たちの希望が詰まった、世界でたったひとつのぬいぐるみです。